第6話「鉢合わせ②」

レポートをすべて見終わり、短い時間ではあったが、ゼミ生は決まった。顔写真などはないため、会ってのお楽しみだが、学務課に提出するゼミ生報告書に一人ずつ名前を書き、それを一瞬でインプットする。

経済学部、司徹(ツカサトオル)
理工学部、ロイナ・バレンツ
理工学部、結城柚子(ユウキユズ)
国際社会学部、天音真琴(アマネマコト)
国際社会学部、蜂須川結菜(ハチスカワユイナ)

レポートを見る限り、10以上の学部からこの授業を取りたいという生徒が集まったわけだが、実際は3学部からのみと偏ってしまった。しかし、レポートで全てを切れば、自然とこの5人しか残らなかった。俺は「普通」を求めながらも、「普通」の考えは嫌いだ。
それは一見矛盾していそうで、しかし確実に的を得た、いま俺がやるべきことなのだ。

さきのメイドは部屋にはいない。ちょうどいいタイミングを見計らって、気づかれぬよう出て行ったのだろう。嫌味を言っているわけでは無い。それだけ、俺を知っているという事だ。
……きっと、今頃俺の自宅で掃除をして帰りを待っているのだろう。この世界から見れば「理想のヒモ生活」なのだろうが、残念ながら俺にはそうは思えない。あの世界ではこれが普通だったが故の感情だろう。こっちの普通とあっちの普通が交錯する、いまの自分という立ち位置は、こっちの生活に慣れるためという上辺の理由を使って、なにかしらの変革を求めている。いや、単に俺がそういう年頃なのかもしれないが。

もうすぐ陽も沈みそうだ。帰り際にスーパーに寄っていこう。冷蔵庫にはたしか何も入っていなかったはずだ。
レポートを大きめの封筒に入れ、紐で封をする。それをバッグに押し込んで、背中へ回す。行きよりずっしりとした重みが肩へのしかかる。その重みは、単に紙だけではないのだろう。紙に載った炭素の粉もそうだが、それだけでなく自分の責任や義務ものっている気がする。振り払うことが出来ず、まとわりついてくるその透明だが不透明なオブジェクトは、雰囲気を嫌わせようとしてくるが、その挑戦が俺にはやけに楽しく感じられた。
選考結果を明日の5時に公開するよう、授業ごとに割り当てられた掲示板に予約する。
電気を消し、研究室の扉を施錠。そして、暗がりの帰路についた。

※----※----※----※----※

いつもとは違う一日になってしまった。起きてから何をしようか迷いつつ、ずっと家でゴロゴロとしていたら、気づけば部屋に夕陽が差し込んでいた。
結局、今日という日は家に引きこもってしまったわけだが、一日を過ごしたという実感はない。だからなのだろうか、したいことは無いが無性に外へ出たくなる。
朝から変わらずの寝間着姿から着替え、軽く髪を整える。化粧などは普段からあまりしないので、なにも顔には施さずに、小さなカバンを持って少し暗くなった外へ飛び出した。

向かった先は大学と自宅のちょうど真ん中ほどにあるスーパーだ。24時間営業だから気軽に行けるが、完全に朝方の私が夜に出かけることはほぼ無い。
夜が苦手というわけではなく、単に眠くなってくるのだ。そして、どんな状況下でもその眠気には抗えない。
そのためか、友達の間でいつの間にか「蜂須賀伝説」略して「ハチ伝」という、信じがたい本当のニュースが出回るようになってしまった。ニュース自体は止めたいのだが、どうしても本当のことなので止めづらい。尾ひれの付いた噂も流れ始めるが、同年代の男女が考え付くような伝説はすでに実行済みであり、その噂さえ事実となってしまうのだから、ただ単に私の紹介がされているだけと言っても過言ではない。

「文化祭の後夜祭で、夜のステージ企画中にそのままステージ上で寝た」

「塾からの帰りが遅くなり、自宅の前の道路でうつ伏せで寝ていた」

「年末の年越しパーティで夕食中に箸で煮豆を掴みながら寝た」

数え始めたらキリがないが、それだけ私は夜の眠気に弱すぎる朝方女子だ。

スーパーは明るく、中もまだ賑わっている。冷蔵庫の中にはまだ食材が余っているため、たくさん買い込むことはない。カゴを持ち、店内をゆっくりと歩き始める。
肉や卵のタイムセールはとっくの前に終わり、いまは総菜コーナーで安売りが行われている。夕食として買って行こうと思い、揚げ物から順番にショーケースを眺める。
横へゆっくりとスライドしながら、自分の胃と相談し、選定していく。

「キャッ!」

「っと、大丈夫か?」

総菜に集中していたら、会計をしていた男の人とぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさいっ」

「いいよ、いいよー。大丈夫か?」

少し下げた頭を戻しつつ、ぶつかってしまった人の顔を見た。

「……あっ!」

「どうした? なんか付いてるか?」

「異世界学……!」

一瞬キョトンとした表情を浮かべたその男の人、白鷺先生は首を横にかしげながら言った。

「昨日のオリエンテーションに参加したか? まぁ、ゼミ生になってたらよろしくよ」

「あ、あっ」

会計を終え、袋を手に下げた白鷺先生はそのまま去ってしまった。
本当はあのレポートのことについて聞こうと思ったが、残念ながらできなかった。とっさの一言が出なかった。

でも、選考されれば、聞く機会はいくらでもある。
一日だらけていたせいで気にしていなかった明日の選考発表を妙に意識し始めた。
そのことに気を取られ、気づけばなにも買わずに家に着いていた。

プッシュ通知を

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です