『Eudaemonics ─四千年の泡沫で君ヲ想フ─』web小説紹介サイトラノプロ
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《作品タイトル》
《作品情報》
作者“社 登玄”
あらすじ
冥界と現世の狭間──異界に封じた《物怪》が長き時を経て境界を歪ませる。
二〇一〇年──科学と医療が急発展した世界の日本。
豊かさと引き換えに人間は心をぞんざいに扱うようになり、その結果として《物怪》が現世に出現する。
秋月燈は、アヤカシと共存をしていたが、とある事件をきっかけ記憶を失う。
封じられた記憶、少女の周辺で暗躍する事件の数々。
「それでも私は──過去を捨てない、絶対に諦めない」
大切な思い出を少女は取り戻すため、再び戦火に身を投じる。
ジャンル
キーワード
R15 残酷な描写あり 異類婚姻譚 ミステリー 怪談 群像劇 女主人公 アヤカシ 鬼 現代 冥界 和ローファンタジー 龍神 チート OVL大賞5 恋愛
掲載日
2018年 09月22日
《第一話特別掲載》
私の記憶はいつも炎から始まる。
いつも傍らに炎があった。あの事件の時も、今も──
二〇〇九年 日本──×××××
その日は十月だというのに真冬のような寒さだった。家を出るとき何時ものように見送りに彼は現れた。
「寒いだろうから」といって、私のマフラーを持ってきてくれたのだ。
赤いお気に入りのマフラーを彼は私に巻いてくれた。そんな些細な気遣いに私は口元を綻ばせた。
その大きな手には体温がない。けれど私は気にしなかった。
『早く夫婦になれば良いものを』
×××に冷やかされつつ、私は自分の影を足先で軽く叩く。
「次の春が来たら言うからいいの」
来年の春過ぎに私は十六歳になる。それまで、あと少しの辛抱だ。
玄関口でいつも二人に「いってきます」を言って出た。二人は有り体に言うと人ではない。神さまであり、アヤカシと呼ばれる存在だ。どちらも似たようなモノで呼ばれようには、妖怪とも呼ばれている。けれど私にとっては大切な家族で、大切な方々だ。
今から十年前、一九九九年七月三〇日。
池袋駅に直結しているMARS CITYで起こった無差別テロ爆破。通称、《MARS七三〇事件》。死者五千人以上を出し、重傷者と行方不明者は数百人を超えた。二〇世紀最後の悪夢と新聞やメディアでは取り上げられていた。
私が両親と妹を失った日だ。そして当時、私は現場にいたのだ。
私を引き取った××××の話だとこの日、世界は堰を切ったかのように均衡が崩れ、崩壊したらしい。黒々とした煙が空を汚し、怨嗟の声が地上から溢れ出た。人々による呪いが古に紡がれた《理》を歪ませたのだという。
当時、幼稚園生だった私は「世界なんてそんなものなのかも知れない」と驚くほどあっさり受け入れた。
なぜなら……。
「トモリ、あそぼー」
「ござる、ござる」
私の目の前にアヤカシたちが、見えているからだ。饅頭程の大きさの綿が何十と風に乗って浮遊している。その綿は透けており、キラキラと朝露のように瑞々しく見える。彼らは木霊、森の眷属だ。
「途中までならシリトリしてもいいよ」
「わー、わーワリカン」
「うん、一瞬でシリトリ終わったね。……ってか割り勘とかどこで覚えたの?」
「わー、わー?」と木霊たちはわらわら風に流され漂っていく。
「ごさる、ござる」
ぴょんぴょんと、飛び跳ねて抱っこを要求するのは雪だるまみたいな形を保った木霊だ。この子だけは、他の木霊と少し異なる。といっても他にも家の近所で掃き掃除を日課としている老夫婦も木霊であり、魑魅魍魎の類いだ。この場合の魑魅魍魎は海の精と山の精というのが本来の意味合いだが。
「ござるー」
「おはよう、福寿」
ともあれアヤカシが見えるし、聴こえるし、触れるので、私はある警察の特務室に所属している。なにせ私には役目があるみたいなのだ。
古より、冥界と現世は繋がっていた。しかし人々の深淵によって生み出される《物怪》が世界に溢れ出したため、神々は冥界を世界から隔絶させたそうな。
そして冥界と現世の狭間に異界を作り、そこに《物怪》を押し留めた。その要となったのが、《十二の玉座》──冥界の国をそれぞれに治める十二の神々。各国の神々による力によって異界を管理し、《物怪》を討伐する。──で、その《物怪》討伐の仕事が私の役割らしい。
あはは、そう今説明されたら失笑してたかもしれない。なにせ、私は剣術も術式もからっきしなのだ。それで討伐とか無理でしょ。そんな風に思えたら、救いがあったのかもしれない。
それでも私はこの道を選んだ。神さまやアヤカシと一緒に生きる道を。
私は福寿を抱き上げると、もちもちした感触を堪能しながら片手に抱きかかえたまま通学路を歩く。もっとも周りは田んぼと連なる山々で、学校まで一時間半もかかる。自転車かバス通勤も考えたが、師匠曰く鍛えるのにちょうどいいとか言い出したのだ。
おかげで朝早く出るのが日課となった。
「風で、飛ばす?」
「ダメだよ、天一に、天空」
ふわふわと風に乗る一反木綿。半透明の長さ約十メートル、幅約三〇センチメートルの木綿二つが声をかけてくる。アヤカシと名前という契約を交わすと、人は少しだけ特別な力を貸してもらえる。と、言ってもできるのは微々たるものだし、アヤカシに頼りすぎるのも良くない。
それに、私にとって名前で結ばれたアヤカシは、主としてでは無く、友人や仲間だ。
《物怪》討伐で協力を得たことはない。手伝ってくれるのは、私を主と見定めた変わり者と、神さまぐらいだ。
なにせ神々の根源は人々の祈りと願い。純粋に万物を、人を愛する想いだ。人は神に祈りを捧げ、世界平和を願い続けてきた。だから、本来であれば私みたいな者は必要なかった筈なんだけど……。
時代を重ねるごとに神への祈りは減り、願いは人間個人の欲望へと変化していったらしい。そして《MARS七三〇事件》による怨嗟の声と呪いが世界を歪ませた。
『──人は地獄の中であろうと、新たな社会を構築し成長を続ける。境界の亀裂に対し、各国の政府はそれぞれ秘密裏に対策を図った。《MARS七三〇事件》以降から日本では医療技術を中心に高度な科学技術を確立させ、不可視とされた細胞レベルの手術、人工心臓や義手、義足、全身義体化の研究が盛んになり、急成長を遂げた。人の悲しみと嘆きを取り払い、《物怪》が顕現することを避けるために──』
相変わらず私を主と仰ぐ式神は、人を食ったような口調で勝手に人の心を読む。
「×××、なにその某歴史語りみたいな口調は?」
『なに人のたゆまぬ努力を、某なりに語っただけのこと。同じく動植物の品種改良に手を伸ばし、分離育種法、交雑育種法、放射能育種法、プロトプラス栽培、遺伝子組み換えにより人々の──特に日本国内において食生活は豊かになった。それまで食糧は輸入に頼っている物が多かったが、それらを自国で賄えるほどの豊かさを手にする。人の飢えを満たし、《物怪》の数を減らすために──』
からかうように、けれど淀みなく国家機密をペラペラと語る。
『これらの技術の発展に貢献したのは、各国に降り注がれた流星群だった。一九九九年を境に定期的に降り注ぐ流星群。その隕石は野球ボールほどの礫だったが、それ一つで国内の消費エネルギー数百年分に匹敵することがわかった』
あ、うん。それ一番国民にバレちゃダメなヤツ……。
私は短息した。世界は情報をあえて遮断して殻を作り上げた。それが最善だと信じて。
『これによって各国は隕石の情報を秘匿し、回収に尽力した。無限ともいえるエネルギーは、境界の亀裂より溢れた《物怪》と対抗するために駆使された。と、まあ、各国の要人たちはそう考えた。が、うまくはいかなかったといわけだ』
「そりゃあね。豊かな食生活と充実した医療、《物怪》と対抗するための組織と戦力を着々と兼ね備えていった。私の所属している所もそうだし、各国の政府はこれらによって境界の亀裂は塞がると信じていた」
そう、努力したのだ。人類はただ怠惰で、慢心していたわけじゃない。貧困は消え、人々の心にゆとりが生まれ、戦争する理由も意味消失すると本気で考えていた。
だが、そんな理想的な《幸福紀》は訪れなかった。理由は簡単だ。社会の豊かさに反比例して人は自らの心をぞんざいに扱いすぎた。
つまり人の心に巣食う闇がその魂に、異界を作り上げてしまったのだ。
「そりゃあ、誰も神に畏敬の念を持たず、利己的で腐敗した欲望ばかりを願うんだもん。おまけに神さまたちに対して立派で贅を凝らした社を建てて祀っても、そこにかつての祈りが無きゃ意味ないのにね。自らの利益と自分勝手な解釈による願いしかしない」
『ま、それを正したところで心根では自分勝手な願いを想っているのだから致し方あるまい』
──その結果、真っ先に心に異界を作り上げたのは、《MARS七三〇事件》の生き残った人たちだ。後に《神の祝福者》と呼ばれるようになる。その意味は幸運だとか、奇跡的だったからという意味ではなく……。生き残った者の大半は精神が病んだ末、意識不明となる《未帰還者》、ある日忽然と姿を消す《神隠者》、ある日突然この世界を呪い、恩讐に身を焦がし爆破テロを起こす《復讐者》この三種類に分かれるらしい……。
そうして負の連鎖は新たな被害者と加害者を生み出し、増加の一途をたどった。
『しかし、我が主はそのどれでもないのであろう』
「まあね……」
そう、どれにもならなかった。それはきっと私がとても運が良かったからだ。
私は空を仰ぎ見た。今日は××××が家に帰ってくる。
任務の要請もないフツーの日。いつも通り、式神や友人でもあるアヤカシたちと他愛無い会話を楽しみ、夕飯の献立を考えつつ、私は学校に向かった。
学校に行って、そう──
家に戻って──なんの変哲も無い一日になるはずだった。
《感想》
こう感じたのは管理人だけなのかもしれませんが、ちょっとSF的な要素を併せ持ったローファンタジー小説ですね。
作品構成としてはシリアスが基調の作品構成になっていて、一応日常会話などもよく組み込まれはいるけれど、キャラの個性を肉付けするための会話という感じがしてしまいました。
まぁこれはほとんど管理人の職業病みたいなものですので、皆さんはあまり気にしなくてもよいでしょう。
この作品は文体そのものが世界観にマッチしていて、多少意味の分かりずらい言い回しもあったりするものの、じっくり読めば作品の味がにじみ出てきます。
ところどころ見られる無理やり難しくした間の否めない文章も、おそらくは世界観を現すために必要なものなの大目に見ることにしましょう。
たいていのweb小説において1話切りは真面目にもったいないので、少なくとも第一章に入るごろまでは読んでみてください! 特にこの小説はプロローグの1話目こそ説明要素が多すぎて読みにくくなっていますが、じっくり読めば十分堪能できる小説です。